お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “年明けて”
 


クリスマスが明けるとすぐ、途轍もない寒波が押し寄せたため、
これはお正月も寒いのかなと危ぶまれたが。
意外や、大みそかから年越しを跨いだ新春の数日は、
打って変わって穏やかないいお日和となり。

 『いいお日和のお正月でよかったですねぇ。』
 『うむ。』

紋付き袴というよな仰々しいのはパスだったが、
それでも一応はと。
勘兵衛は大島の紬を仕立てた濃藍の長着に、角帯を貝の口結びにし、
出掛ける訳でなしと軽い茶羽織を肩に羽織っての、
略式ながらも改まった和装になって。
こちらは正青の小紋を着付けた七郎次が用意した
年代ものの柄つきの銚子でお屠蘇をつぎ合うと
“今年もよろしく”とまずは一献。
コタツでの差し向かいで年頭のご挨拶なぞ交わし合う。
家庭内事務や取材の手配は勿論のこと、
お料理の腕前も年々上げておいでの敏腕秘書殿 手作りの、
黒豆やなます、エビのしんじょに伊達巻きに、
田作り、キントン、くわいや里芋、フキの煮付け。
イワシの昆布巻き。
数の子、あわび、芝エビに、
手綱コンニャク、紅白のかまぼこ、
レンコンを酢でしめたものなどなどをお重に詰めて。
別盛りには刺し身に焼いた鯛、

 『あと、これもvv』

勘兵衛の実家の習いで、
赤と緑に色粉で染め分けた寒天を箸やすめにと添えてもいて。
雑煮もいいが、ご飯が食べたいなら
赤飯の用意もあるという行き届きよう。

 『にゃうみぃvv』
 『まうにゃあ♪』

小さな家人たちへも、
飴がけを薄めにしたカリカリ田作りと、
特別仕様の猫でも安心なブラウニーケーキ、
鴨肉の照り焼きのスライスなどなど、
お正月Ver.の御馳走を用意していて。
米粒みたいな歯が覗く、小さなお口をあぐりを開けて、
お顔といい勝負な大きさの切り身へそのまま齧りつくという、
彼らなりのワイルドなお食事風景とは裏腹、
小さなお手々についちゃった甘辛のタレやら蜜やらに気がつき、
ありゃりゃと口元へ持ち上げ、
ペロペロ舐める様子が何とも可愛らしいったら。

 「あれまあ、勘兵衛様 見て下さいなvv」

特製テーブルの上へ置かれたトレイにて。
がぶちょと食いついた鴨肉の、
皮のところがどんなに引いても千切れないものだから。
とうとう2匹掛かりで、左右から引いてみるのだが、

 「み、みゅうぅうぅ〜〜。」
 「〜〜〜(ふぐぐう〜)。」

どっちかが踏ん張り負けしては、
その身を心持ち後ろへ反らせたまんま、
ずりずりずりと相手のほうへ引かれてしまうのが。
そういう演出のコントのようで可笑しいやら、
小さくて愛くるしい仔猫たちのすることだけに
得も言われず愛らしくて堪らないやら。

 「ほらほら、切ってあげますからね。」
 「にゃんvv」
 「みいにぃvv」

ほらほら貸して、離れて離れてと、
まずは おちびさんたちを引き離してから、
キッチンばさみでザクザクと、
食べやすいよう、小さく刻んで差し上げれば。
何だ何だ、何してゆの?と、
首を伸ばしの、七郎次の腕へお手々をかけての後足で立ち上がりのし、
その手元を何とかして覗き込もうとするところからして
またぞろ可愛すぎ。

 「もうもう、この子たちったらっvv」

大人の手の中へ すっぽりと収まる
ミニサイズのおちびさんたち。
だがだが、こちらの大人二人には、
片やのメインクーンちゃんだけ、
まだまだ寸の詰まった小さな身丈の、
幼い子供にも見えるものだから。
けぶるような金の髪をいい子いい子と撫で上げてやり、
口の周りについていた、
照り焼きのタレをもうもうと拭って差し上げて。
その拭い損ねをクロちゃんがペロペロと舐めに来るのが
擽ったいからいやいやと、
お顔を背けようとするのがまた可愛い可愛いvvと。
とろけるような笑顔になってしまう七郎次なのへ、

 “…この一年も、難儀が寄らねばいいのだがの。”

玲瓏な風貌を気安くほころばせては、
それは人懐っこく振る舞うざかっけない気立てをし。
心配性で世話好きで、
気に入った人を甘やかすのが大の得意な青年で。
特に変わった経歴でもなければ、
自分のような奇異な家系に生まれた身でもないはずが、
どういう訳だか、妖異に狙われやすいという存在で。
そういった陰の種族に何かしらの因縁があるとも思えぬ以上、
これはもう巡り合わせなのかも知れぬ。
もしかして自分の傍らにいることが、
影響しているものかと思ったころもあったれど、
出会う前にも、不思議な難儀には遭っていたらしく。
父から陰陽師としての口伝を引き継いだおり、
その辺りも訊いたところに拠れば、
直接の血統ではない、だが、
前世から何かを引いていての相性の問題らしいとのことで。

 “まま、悪いものばかりを惹いているワケでもないのだがな。”

ふくふくした頬をほころばせ、
にゃは〜っと微笑って大好きなおっ母様の懐ろへしがみつく幼子は。
猫なんだかそれとも妖精なんだかという不思議さを負いながら、
それでも七郎次に曇りのない笑顔をもたらした存在でもあり。
しかもしかも、

 “昨夜の畳み掛けは凄まじかったし。”

月の見えない曇天の夜。
粉のように細かい氷の粒を含んでいるような、
凍るような風が鋭く吹きすさぶ中。
その風がゆらす冬枯れした梢の影に紛れて、
徐々に徐々にと屋敷へ近づいていた朧げな妖異の群れへ、

 『………。』

風籟の唸りの鋭さに添うてのそれ、
冷ややかな銀の一閃が轟けば。

  ぎゃあおぉおぉぉ…、という
  魔物らの放つ末期のどよもしが鳴り響き

夜陰を更なる漆黒へと切り裂きながら、
妖しの存在らをも、その淵へと追い落とす。
何処から飛び出して来たものか、
冷気の塊のような夜気の中へその痩躯を躍らせた彼は。
あっと言う間に、影だけを切り刻むと、
庭先のモクレンの頂上へ危なげなく舞い降りて。
仄かな街灯の明るみに、金の綿毛をけぶらせ、
足元まであろうかという長衣紋の裾をたなびかせ。
妖異どもの精気の残滓だろう、
緑がかった燐光に濡れた太刀を無造作に引っ提げて。
何の感慨ものせぬ無表情のまま、
屋敷を漫然と見下ろしていた、青年の姿した辣腕の大妖狩り。
白い頬に薄い唇、
線の細い造作の顔容は端正だが、
切れ長の双眸がたたえる光は
辺りに垂れ込める夜気をも凍らせるほどに冷ややかだし。
ほっそりとした肢体と、それらを操る無駄のない所作の、
どこか品のいい優美さとは不相応なほど

 『斟酌も容赦もない奴よの。』

力のない和子が憑かれたならば、
意志さえ保てぬほど生気を吸われてしまうような
途轍もなく性悪な悪鬼らが相手だったとはいえ。
堅く封印するとか、どこぞかの亜空へ吹き飛ばして遠ざけるとか、
他にも方法はあるだろに。

 『あれでは、悪名ばかりが高まらぬかの。』

とある異国では、
相手が強腰な構えで防御を執るならばと、
攻め来る側も尚の武装を高めてしまうので。
ますますのこと手ごわい輩を招いてしまう悪循環にあるという。
それと同じことを招きはせぬかと、
案じたらしき壮年なのへ、

 《 御主よ、別に構いはしないのだ。》

屋敷を取り巻く陰気に気づき、
用心にと庭を見渡せる居間へ起き出していた勘兵衛の足元へ、
そちらはまだ仔猫の姿のままだったクロが、
伝信にて意志を通じさせての言うことにゃ。

 《 小物ならいざ知らず、大妖らはあまり風評に左右はされぬ。
   ただ単に鼻を利かせて罷り越すだけだから、
   強靭な防御がいようがいまいが差はない。》

小物がちまちま来るのは鬱陶しいだけだから、
それこそあの覇気を放って防御してくれるのは、
こっちへも大助かりというものだしと。
寸の足らぬ後足で襟元をかりかりかりと掻いて見せつつ、
厄介なことと案じるなかれとの
鷹揚なご意見をば下さる式神さんなのへ、
あごのお髭をさりさりと撫でつつ、
こちらは苦笑するしかなかった勘兵衛であり。

 「みゃうにゃんvv」
 「もうもう、なぁに?」

ふんわりと優しい白い手で撫でられて、
真ん丸な眸をたわめ、うふーvvと微笑い。
ぎゅうひ餅のやわらかさ持つ小さなお手々で、
お返しお返しと甘えてしがみつく、坊やの姿を見るにつけ。
あまりに遠い深紅の鬼の、
冷酷な姿と重ならぬ不思議が妙におかしくてしょうがなく。

 「…? 勘兵衛様?」
 「いや何。
  そうまで甘やかしておっては、夜中に興奮して寝付けぬぞ。」

おやおや、勘兵衛様まで子煩悩なお言いようをなさいますかと。
いつもなら、人の子扱いを窘めることが多い御主なのに、
甘いお屠蘇に悪酔いなされましたかなんて、
楽しげに微笑った佳人の言いようへ、
それこそ答えに窮して苦笑をこぼしてしまわれた、
この現世に於いては類のないほどの咒力もつ術師の末裔。
今年こそ穏当安寧に過ごせるか、
それともまたぞろ波乱の年か、
小さな仔猫らに訊いてみたくてしょうがない、
長閑な初春の昼下がりだったそうな。





  〜Fine〜  14.01.08.


  *そっちの姿の描写は久し振りすぎて、
   大妖狩りの久蔵さんの
   ひらひらした衣装を忘れ掛かっておりました。
   仔猫のキュウの方が、
   メインなお話なのには違いないんですがね。(う〜ん)

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